日本ではビニールハウスを「温室」という用語で表現することがあります。四季を通じて安定的な農産物の生産を行うためには、植物に適した栽培環境を作り上げることが必要になります。その温室というキーワードから、ビニールハウス内部を温める「暖房」について解説してまいります。

 

ビニールハウス用の暖房とは方式について解説

農業界では暖房を加温という表現をすることもあります。その用語を暖房器具に当てはめて「暖房機」や「加温機」などとも表現されます。暖房とは、文字通りビニールハウス内の温度を高め、植物が生育しやすい環境を作り上げることです。

ビニールハウス内の温度を人為的に高めるためには、機械器具とエネルギーを使って加温させる必要があります。そのための設備として暖房機が必要になってまいります。
暖房の方式も用途によって様々あります。

今回は、日本におけるビニールハウスの暖房で一番導入されている重油式温風機を中心に、事例などを通じてご紹介します。

ビニールハウスの暖房の方式は?その1.温風機

一般的に日本の施設園芸の暖房は温風式で行われています。その中で、A重油を主燃料とする温風暖房機の設置が圧倒的に多いです。

重油の種類は、動粘度により1種(A重油)、2種(B重油)及び3種(C重油)の3種類に分類されていますが、ビニールハウスの加温用燃料はA重油を用いており、その他の重油は使用しません。

A重油用の機器の普及率が圧倒的な背景として無税石油制度があります。無税重油制度とは、農林漁業者の保護育成を図るため、農林漁業の用途のみに使用する輸入A重油の輸入時の関税(関税定率法に規定)と石油石炭税(租税特別措置法に規定)を軽減(無税化)する制度です。そのため園芸農家の農産物生産ビニールハウス用の温風機は、A重油用がほとんどです。

一方、規模の小さいビニールハウス用の小型温風機もあります。主燃料が灯油という選択肢の小型温風機もあり、燃料の調達や保管方法によって機種選定を行います。

また、同じ石油系の燃料のプロパンガスを使用するガス温風機もあります。設置コストやランニングコスト、そしてメンテナンスや排ガスなどの観点で選択されます。

温風機では、加熱された空気を温風機に搭載された大型の送風機で室内に送ります。作物や用途によって送風する温風機の選定が変わります。

下部から送風する下吹き出し方式か、温風機の上部から送風する上吹き方式に分けられますが、いずれも薄手のポリ系の太いダクトで送風されます。その方式にも長所と短所があります。

下吹き出しのダクト配置のメリットは、ダクトをたくさん配列できるために、室内の温度ムラが少ないですが、地面に設置するため作業や移動の邪魔になります。

一方、上吹き出しの場合は、空中にポリダクトを設置することで作業性などの邪魔にはなりませんが、設置する本数も限られるために室内の温度ムラが出たり、ポリダクトによる陰で作物の生育影響もあります。

ビニールハウスの暖房の方式は?その2.ヒートポンプ

A重油式の温風機以外にも、電気を使用して加温をする電気式ヒートポンプ(EHP)が普及しています。

電気式ヒートポンプは、電気と室外の空気を使用して冷媒を膨張や圧縮することで、ビニールハウス内の暖房そして冷房や除湿を行うことも可能で、使用電力以上のエネルギーを使用できることから、省エネルギーな機器と位置付けられています。

農業用のヒートポンプは、1970年代から一部の園芸農家が導入していたものの、重油式が一般的であり、なかなか普及しませんでした。

しかし、2000年代後半に起きた原油価格の高騰により、農業向けの電気式ヒートポンプは重油に依存しない省エネルギー暖房機器として着目され、国の補助金政策もあり、急速に導入が進みました。

但し、設置のイニシャルコストや、気温が低下した場合の加温不足やデフロスト運転などが生じるため、ヒートポンプの単独での使用は一般的ではありません。
そのため、A重油式温風機と併用するハイブリッド運転が一般的になっています。

ハイブリッド運転では、ヒートポンプと燃油暖房機の連携運転が重要で、これをうまく調整できないと適切な温度管理ができず、省エネ効果が期待できません。

そして近年では、各種のデメリットを補うために、ガスエンジンで駆動するガスヒートポンプ(GHP)の普及も進んできております。

また、ヒートポンプは暖房以外に冷房や除湿を行うことが可能なため、それらの用途として導入されることもあります。

ビニールハウスの暖房の方式は?その3.温湯式

ビニールハウスの加温で温湯式を用いることもあります。

温湯昇温用の暖房機で80℃~90℃の湯を沸かし、熱交換器を介してポンプの圧送によりビニールハウス内に設置された温湯用のφ50~φ75鉄管やエロフィンチューブ放熱管に送湯し、その温湯の温度によって室内や作物を加温させる仕組みです。

温湯用の鉄管は、ビニールハウス内の温度ムラが発生しないように、壁面や連棟の谷面、そして通路面などに設置されます。通水された温湯は、戻り管で暖房機側に戻される仕組みとなっています。

温湯用暖房機の主燃料についても用途や規模、そして目的によってさまざまです。

温湯の用途以外の目的を兼ねる場合、LPGやLNGを用います。CO2の取り込み目的などはそれに該当しますが、石油ガスや液化天然ガスなどは、取り扱いに関する届け出や保安等を行う必要性があります。

方式別の一覧

上記でご紹介した方式別の一覧をご紹介します。

暖房機種の能力選定とは?

暖房の主要機器は、家庭用のエアコンなどと同様で、面積や温度条件によって機種も様々です。機種の選定について代表的な例を紹介します。

暖房の温度負荷計算による能力選定

暖房機の能力選定は、温度負荷によって行うことがあります。温度負荷計算を行うための代表的な項目は以下の通りとなります。

①栽培作物の要求温度
例)イチゴでの厳寒期の夜間でビニールハウス内の温度を8℃以上は保ちたい、同様にトマトであれば15℃以上は保ちたいなど

②想定する外気の最低温度
例)過去の温度データで最寄りの観測所などの外気温が-5℃

③ビニールハウス内の加温する体積
例)栽培面積1,000平方メートルで軒高は2.5m

④ビニールハウスの被覆材の種別(※内部設備であるカーテンフィルムがない場合のみ)
例)外張りの被覆材の種類はPOフィルムで厚さは0.15㎜

⑤内部設備であるカーテンの層数とフィルム種
例)天井カーテンは2層(アルミ系1層と不織布系1層)、サイドカーテンはPOフィルム0.1㎜

その他、複合的な数値によって温度負荷を計算し、適合する機種の選定を行います。
また、温度負荷が大きければ、暖房機を複数設置での設計をすることになります。

経験則や蓄積データによる能力選定

施設栽培経験によって、施設の面積や設備内容や要求温度を総合的に考慮して、経験則上で能力選定を行われるかたもおられます。

実践での経験則や、すでの有しているビニールハウスの温度データを用いて能力選定を行うなど方法は様々です。

暖房機の稼働実態に照らし合わせての能力選定であれば、過度な機種での過剰仕様防止や、数値以外の想定外リスクも考慮して能力選定をすることもあるので、予期せぬ事象が起きても栽培に影響させないことも特徴のひとつです。

設置台数の検討

温度負荷に相当する台数を設置するのは前述の通りですが、台数が1台で賄えるところを敢えて2台で設置する例もあります。

例として、温度負荷計算上、熱出力174キロワットの能力の暖房機1台で良いところを、87キロワットの能力の暖房機を2台設置で計画されるケースです。

イニシャルコストは、2台設置のほうが金額も相当額の増額となりますが、両壁方向に設置して加温させることでビニールハウス内の温度ムラの防止目的や、1台が故障した場合でも、もう1台が稼働することで最低限の温度確保が行えるなど、経営的なリスク防止で能力と台数を決定することもあります。

用途や内容に応じて適切な能力選定をしていきましょう。

暖房に付随する設備の代表例

暖房設備は、当然ながら暖房器具単体では稼働しません。例えばA重油焚き温風機の場合、重油用のオイルタンクの設置がありますが、一定数量を超えるタンクを設置する場合、少量危険物貯蔵取扱の届出義務があります。

そのためには防油堤や少量危険物貯蔵取扱所の掲示板や消火器など設置の必要性があります。ここでは、A重油焚きの温風機を例題に設備の一例を紹介します。

防油堤とは?

防油堤とは、屋外に設置する液体状の危険物貯蔵用のタンクの油が漏れても、敷地外や地下に流出させないための、鉄筋コンクリート製の枡形の構造物のことです。

鉄筋コンクリート打設された防油堤内にオイルタンクを設置し、アンカーボルトなどで固定します。

防油堤があることで、例えば地震などでオイルタンクに亀裂が入ったり、接続する配管部に破損が発生して油が漏れても、防油堤の中に留まることで外部流出を避けることができます。

A重油用のオイルタンクとは?

一般的なA重油用のオイルタンクは、2.3㎜以上の鉄板性で縦型円筒形の形状をしています。錆止め塗装がなされており、水張検査証付きで、オイルタンクは防油堤に固定の必要性があります。

適正なタンクの選定や設置基準など、地域の条例によることもあるので、あらかじめ知見があったり信頼のできる業者と相談することが望ましいです。

A重油温風機のメンテナンスの必要性は?

A重油を燃料とする温風機は、経年劣化での燃焼効率低下や、発生する故障やトラブルのリスクを最小限に留めて活用したいものです。

そのためには、点検や清掃を定期的に実施しておく必要があります。
温風機の加温性能を最大限に引き出して、安定生産と省エネルギー対策に努めましょう。

メンテナンス①⽸体掃除

A重油を燃焼させると、燃料に含まれる硫黄分や灰などの燃焼カスが不純物として缶体に溜まります。

この燃焼カスが缶体に溜まると、温風機の熱効効率の低下となったり、煙管の詰まりにより黒煙が出たり、極端なケースではバーナーの不着火になることがあります。

また、このカスは湿気を帯びやすく、乾けば固まる性質のため、長期間放置したままにしておくと、缶体の腐食を助長させます。これらを未然に防ぐために、1年に1回は缶体の点検と掃除を行いましょう。

メンテナンス②バーナーノズルおよび周辺機器の掃除およびノズル交換

バーナーノズルおよび周辺機器の定期的掃除も欠かせません。

燃焼カスによる汚れは、燃料と空気の正常な混合比を阻害する要因にもなります。

バーナーノズルのディフューザー(火炎を安定させる保炎板)は定期的な清掃を実施しましょう。掃除方法は、ウエスやワイヤブラシ等を使用して汚れを落とします。汚れが落ちにくい場合は灯油や油汚れ用のクリーナーなどを使用すると効果的です。

また、燃料を噴霧するバーナーノズルは高圧で噴霧するために、使用とともに磨耗します。摩耗が進むと噴霧燃油量の増加による無駄遣いだけでなく、燃焼状態の悪化にも繋がります。

噴霧燃油量が増加すると過負荷状態となってしまい、異常な高温で缶体を傷めたりすることもあります。

そのために、不完全燃焼防止や故障予防のためにも、定期的にバーナーノズルの交換を行いましょう。交換頻度は、1シーズンごと又は10キロリットル消費がひとつの目安です。

メンテナンス③エアーシャッターの調整

燃焼効率を高めるためには、バーナーノズルの噴霧燃油量と、バーナー側のファンから取り込む空気の量のバランスが重要です。

バーナーのエアーシャッター(燃焼空気取入口)を調整することで燃焼状態を適正に行えるようにします。燃焼状態は排煙の色で判断したり、着火タイミングや安定燃焼状態にて確認しましょう。

メンテナンス④ストレーナーの掃除

温風機の主燃料であるA重油は、日本工業規格(JIS規格)によって品質が定められています。そのA重油の中にも僅かながら不純物が含まれます。

また、長期間に使われなかったA重油は、セジメントと言われるA重油に含まれる残炭分の析出による生成物の増加で、オイルストレーナーやバーナーノズル不トレーナー、ギアポンプなどの目詰まり原因となります。

ストレーナーが詰まると燃料が送れなくなり不着火の原因となります。ストレーナーの定期的な掃除を行うとともに、A重油の長期間保存をしないよう、適切なサイクルでの仕様と給油を行いましょう。

暖房以外での温風機の効果

温風機はビニールハウスの暖房目的以外にも効果を発揮します。

効果①除湿効果

とかく、ビニールハウス内は多湿になることが多いです。
必要以上の多湿は、病気を助長する要因となり、安定栽培を目指す中では除湿を行いたいこともあります。

暖房機は、朝夕や日中の降雨時など、高湿度になりやすい時に、送風機能や加温機能を活用した除湿運転を行うことができます。

効果② 温度ムラ改善

ビニールハウス内は、温度が均一になっていることが望ましいです。

しかしながら、日当たりや風向き、空気の停滞によって、ビニールハウス内は必ず温度ムラが起こります。

一例として、ビニールハウス内に複数の室温センサーを設置しておくことで、室温センサー間の温度差があるときに暖房機の送風ファンを自動で運転させることで、温度ムラの改善の一助も可能です。

暖房機器と連動して高い効果を発揮する設備

暖房機器と連動して、相互の効果をさらに高く発揮する設備もあります。

代表例としては、ハウス内の空気の対流を行う循環扇や、光合成を促進させるための炭酸ガス発生装置などです。

また、多段サーモの活用や、ヒートポンプなどのハイブリッド運転での省エネによるコスト削減なども定着しています。

新たな機器や技術などの連動性で高い効果を発揮できる設備設計など、専門業者に相談してみると良いでしょう。

再生可能エネルギーを活用した暖房事例

近年では、再生可能エネルギーを活用した暖房の事例も増えてきております。
イノチオグループでも化石燃料削減技術を取り入れた3.6haの大規模農場でミニトマト生産を行っております。

また、国内では、木質バイオマス、排熱利用、地中熱など、先端技術を農業に取り入れて栽培を行う大規模農場を増えてきております。

イノチオアグリは、そのような再生可能エネルギーを活用した農場の事業計画構築から携わってきた実績も複数あります。

カーボンニュートラルに取り組むお客さま事例

三重県松阪市でミニトマトの生産・販売を行っているうれし野アグリ。

植物油を製造している親会社の辻製油株式会社は、製造時のエネルギーにバイオマスボイラーを導入しています。

三重県は、県土の約65%(令和元年度の統計)が森林のため、大量に出る間伐材などを利用して蒸気を作り、蒸気をエネルギーに植物油を製造するようになりました。

その際に製油工場から発生する大量の温水を、ハウスまでパイプラインを引き、冬の暖房エネルギーとして工場から排出される温水と180度の蒸気を温水に熱交換することでハウス内暖房に使用しています。


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イノチオアグリは施設園芸をトータルサポートします

イノチオアグリは「農業総合支援企業」をコンセプトとし、お客さまを多岐に渡り支援することを掲げています。

施設園芸(農業ハウスやビニールハウス)に50年以上携わり、培ったノウハウや知見を活かし、適切な設備設計のご提案や省エネルギー経営、そして新たな技術導入に関しても積極的にチャレンジしてお客様のご要望にお応えしてまいります。